ブックレビュー|ドナルド・リチー『黒澤明の映画』

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この本との出会いは30年以上昔に遡る。
初めて目に触れたのは、区立の公共図書館でだった。

もともと殆ど図書館を利用することのない自分だが、受験期に自習室はよく利用していた頃がある。おそらくそんな時分に何気なく書棚を巡るうちに目に留まったのだろう。
黒澤明の監督した映画に関して、各作品ごとに章を設け、解説のされているこの本は、これを読むよりも先づ当該の映画を観てからのほうがいい。というか、そうするのが”正しい読み方”であろう。

そんなことをファーストインプレッションで感じたので、以後黒澤作品を観るたびに、その作品の章をこの本で拾い読みしていった。

図書館に置いてあったのは『デルス・ウザーラ』を最新作品とした版だったと思う。学生時代に読んだ章は『生きる』『酔いどれ天使』『醜聞』『天国と地獄』『いちばん美しく』『野良犬』『赤ひげ』『デルス・ウザーラ』あたりだったろうか。
図書館で読むうちにそのうち自分でもこの著書を所有したいと思うようになったのだが、こうしてひとりの監督の全作品を網羅しているという性格上、新作が発表されるたびに版が改訂され新章が加えられていっていたため「これは、黒澤が映画を撮り終えるまでは買わないほうがいいのかも」という無粋な考えも抱いていた。
(分厚いハードカバーは学生の身分にはちと高価すぎた、というのもある。)
映画を撮り終える、ということは、すなわち黒澤自身が人生をまっとうしてしまうということではあったけれど。

そんなことを思いながら歳月を経て、黒澤明は『まあだだよ』を遺作として映画の人生を終える。
この『黒澤明の映画』もまた、同作を末筆とし完結した。

私自身も、黒澤映画の観賞をコンプリートし、なおさらこのドナルド・リチーの著書を完読せねば、という気持ちはあったのだが、なかなか入手の機会なく月日を浪費してしまった。
ずっと気になっていたこの本も文庫版さえ既に絶版となっていたが、近年のネットショッピングの充実により中古を入手することができたのでようやく読んだ次第である。

映画と漫画は演出に類似点が多く、二十代にこの書に出逢った自分は己の漫画造形の根幹とすべく大いに参考させていただいていた。
おそらく、私の漫画のコマ割りは、本書でのフィルム上でのカットの繋ぎ方からヒントを得、参考にしそれが礎となっている。
特に編集に関しての分析――たとえば本書『七人の侍』の章中、野武士が村に迫ってくるシークエンスで、緊張感を高めるためにカットの尺が徐々に短くなっている、などーーの細かな技術的言及などは眼からウロコで、自分の漫画(主にコマ割において)参考にできないだろうかと相当吟味をしたものである。フィルムでのカットの尺の長短が、漫画においてはコマの面積に匹敵すると見出し、その方法でコマ割を構成していった。それは今も漫画のネームを作るとき頭のどこかで作用している。

かように私の漫画のコマ割表現は、黒澤映画に限らず映画の、則ちフィルムからの影響が大きい。大学時代に漫画創作と平行してサークルで自主映画を作り、その折に絵コンテを切った頃より、どちらかというと脳内では動かない漫画原稿用紙的構成よりも、映画的概念で物語をイメージし創作しているのも確かだった。

だが、後に弟子入りしたふくしま政美は絵画的なページ構成を是とするタイプであったので、その混ざり合うことの難しい両極端とも云えるふたつのスタイルの狭間で大いに苦悩してしまった。
更に云うならドナルド・リチーの分析は非常に理知的・論理的かつ客観的な評論であるのに対し、師匠・ふくしま政美は感性と激情の作家である。
ふくしま政美の漫画スタイルのそれは絵画的表現=静画を源とするものであり、”動く絵”としての映像=動画という意味での「movie」とは極めて親和性が悪く、アニメや実写化の企画など皆無なのはここに核心があるのかもしれない。

師匠の漫画を自分の血肉とするには、まだまだ修行が必要だと思う。

閑話休題。

改めて文庫になったこの本を読んでみて、学生時代に図書館で読んでいたハードカバーとは若干文章表現に差異が見られるように思った。
たとえば、上述の『七人の侍』のカット繋ぎの言及箇所や、『天国と地獄』における種々の分析が、初見の頃のイメージと比べやや淡白な表現になっているようにも思えたのは気の所為だったのだろうか。
(おそらく本書の中では『天国と地獄』と『赤ひげ』が黒澤作品において表現上重要な作品と見做しており、より深い分析がなされている)
『デルス・ウザーラ』の章においても、以前には「ハヴァロフスクのシークエンスはまったく平板で、黒澤らしさがまったく感じられない。ロシア人の第二班監督に撮らせたのではないか」とまで言い切っていたハズなのだか、それも見当たらなくなっていた。(事実と違っていたので後に訂正したのかもしれないが)

また、本書において、黒澤映画すべてに通底のテーマは「ひとはなぜ幸せになれないのか」だと強く主張していたと若い頃に読んだときは感じていたのだが、それも繰り返し記述されていたと思っていたのが実際にはたったの1箇所、しかもあとがきに充たる部分においてのみだった。
あの当時、この巻末の総論を読むことはなかったようにも思うのだが…「ひとはなぜ幸せになれないか」という言及は、各章の本文中いくつかにあったと思っていたが、記憶違いだったのか。
これらは私がこの書の中でかなり感銘を受け影響された部分でもあったので、強く記憶に残っていたのだ。

あるいはむしろ強く記憶されているからこそ、表現が自分の中で強まっているだけなのだろうか。

ともあれ本書は映像だけではなく漫画など、そしておそらくは小説においても、あらゆる「物語を記述するメディア」表現における優れた教本であることは断言する。
ものを表現する者にとって、ぜひ一読してほしい一冊である。

[2017/05/11読了]


長く「ブクレコ」を利用してきたのだけれど、このたびそのブクレコがサービスを終了するのに伴い今後はこのサイトにレビューをアップすることにしました。
ブクレコが終了するからといって元々利用していた「ブクログ」に戻る気も更々無く、
(元来がブクログに嫌気が差したからブクレコに乗り換えたのだし)
他のサービスで良いのが見充たらないので、ならばとここに記事としてエントリしていくことを採った次第です。

べつに新作や話題作にはからきし興味もないので閲覧数稼ぎにもならない(であろう)記事。単に筆者が読んだ本をただ読み捨てていくのも勿体無いのでひとことコメントつけとこう、という程度のもの。
書評と呼ぶほどの構えたものでもなく、まァ「読書感想文」程度の代物ですが、自身の読んだ本の記録も兼ねた備忘録くらいの感覚でエントリしていきますのでよろしくお願いします。

ブクレコに投稿していた過去記事も順次こちらに移していく予定。

 

 

黒沢明の映画 (現代教養文庫)

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