『SHOAH』~シネフィルの苦行、イニシエーションとしてのイッキ見ナイト

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映画マニアたる者、超えなければならない通過儀礼がある。

オールナイト等での”一挙上映”を体験することで、映画マニアとしてのイニシエーションとなるのだ。
これは、苦行である。

かつて『ロッキー』全6部作イッキ見ナイトなどハッピーな企画もあったが、それとは趣を異にする、心身ともに擦り減らしながら観賞するような険しく完走を拒むかの如き一挙上映。
そういった魔物が映画館には存在する。

小林正樹『人間の條件』全6部、9時間半。
人間の條件 DVD-BOX人間の條件 DVD-BOX

ベルトルッチ『1900年』1・2部、5時間。
1900年 (2枚組) [DVD]1900年 (2枚組) [DVD]

王兵『鉄西区』全3部作、9時間半。
鉄西区 [DVD]鉄西区 [DVD]

TV用作品だが、
ファズビンダー『ベルリン・アレクサンダー広場』(15 時間)や、
大島渚『アジアの曙』(11時間半)。

ベルリン・アレクサンダー広場 DVD-BOX
ベルリン・アレクサンダー広場 DVD-BOX

最近では『ロード・オブ・ザ・リング』エクステンデッド・エディションの一挙上映、11時間半。
ロード・オブ・ザ・リング スペシャル・エクステンデッド・エディション トリロジーBOX セット [DVD]ロード・オブ・ザ・リング スペシャル・エクステンデッド・エディション トリロジーBOX セット [DVD]

ここににタルコフスキー作品のオールナイトを入れてもいいだろう。
(タルコフスキーは『アンドレイ・ルブリョフ』だけでも相当な苦行だが…何せ時間の流れが遅くなるのだ。2時間が6時間くらいに)
タルコフスキーは映画マニアにとっては入ったら時間の流れが遅れ、襲い来る睡魔と闘い続けねばならないという極めて生還が困難なまるで『ストーカー』の「ゾーン」にも似た”魔の山”だ。

タルコフスキーの一連の作品
惑星ソラリス HDマスター [DVD]ストーカー 【DVD】アンドレイ・ルブリョフ DVD HDマスター僕の村は戦場だった DVD HDマスター鏡 DVD HDマスターノスタルジア [DVD]サクリファイス 【DVD】

征服することのみが勇者の証しとなる、映画の迷宮。聳え立つ頂き。
少なくとも、上の2つや3つくらいは体験した者でなければ、真の映画マニアとと名乗るのは憚らねばならないだろう。自分はそう考える。
『天井桟敷の人々』3時間や『風と共に去りぬ』4時間、意趣違いであるが時代を経て別個の映画作品として公開された『ゴッドファーザー』Part1&2の5時間(+Part3で7時間)、なぞ、まだまだヒヨっ子なのだ。

恰も禅僧の苦行にも値する長丁場を征したとき、シネフィルは高位への階段を一段昇ったことになる。

 

『SHOAH』もその一例である。
SHOAH ショア(デジタルリマスター版) [DVD]SHOAH ショア(デジタルリマスター版) [DVD]

『SHOAH』が他のラインナップと大きく違うのは、これがドキュメンタリーである、ということだ。
もちろんドキュメンタリーなら王兵『鉄西区』も同じだが、『SHOAH』が大きく違うのは、”いまカメラの前で起きていること”の記録や、再現ドラマやイラストなどで描くという演出は一切せず、ただひたすら体験者のインタビューのみで構成されているということ。

まったくもって恐るべき作品という外ない。

 

その『SHOAH』が、先だって早稲田松竹で上映された。

早稲田松竹HPより

上映の一週間前にはチケットは完売。
地味で重たいドキュメンタリーでありながら、関心の高さを伺わせる。

劇場表のショーケースから
劇場表側のショーケースから
整理券を兼ねたチケット
整理券を兼ねたチケット

上映時間、567分。およそ10時間。
休憩時間を含めれば、11時間近くにも及ぶモンスター上映である。

ロビーに掲示された『SHOAH』の説明書き
ロビーに掲示された『SHOAH』の展示パネル

“第二次大戦中、ドイツやナチスの占領下で実行されたユダヤ人の強制収容、ホロコースト(大量虐殺)の全体像を関係者の証言のみで構成した全篇9時間27分のドキュメンタリー。監督クロード・ランズマンが自ら、ナチスの収容所から生還したユダヤ人、収容所の元ナチス親衛隊員、収容所の近くに住むポーランド人農夫ら莫大な数の証言者を訪ね、彼らの言葉(肉声)を収録。予備調査14ヶ国、撮影は350時間に及んだ。過去の記録映像や感傷的な音楽を一切排して作られた第1級の芸術作品である。
1986年ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、欧米の知識人たちに衝撃を与えたこの作品は、わが国で上映されるまで実に11年の歳月がかかった。フランス政府と日本人関係者の手で実現したその日本上陸から20年。日本版DVDは絶版となり入手困難で“幻の傑作”となった『SHOAH ショア』がスクリーンに蘇る。”
-早稲田松竹HP 作品紹介のページより

映画は、主にポーランド国内の強制収容所に関することを、収容された生還者たちを中心にインタビューしていく。
生き残った者は”生かされた”理由があり、例えば「歌がうまかったから用途があった少年」だとか、「ガス室に送られた屍体を処理させる使役のために必要な労働力」として免れていた人々など。だが、彼らもまたいつ用済みと判断されガス室送りの側に回るかわからない。感情は消滅し、恐怖することさえ麻痺していく。手に職の会った者は工員や職人として徴用された。

 

取材対象はユダヤ人だけではなく「収容所へ荷物=ユダヤ人を運んだ貨物列車の運転手」にもインタビューを試みる。

「毎日毎日、貨物にいっぱいのユダヤ人を詰めて運んでいく。蒸し風呂のような車内で水も与えず、過酷な環境に耐え切れず途上で多くのユダヤ人が死ぬが、屍体はそのまま放置し一緒に運んだ」

早稲田松竹HPより

沿線の住民たちも証言する。
「連日列車が通っていた。中には客車に乗った金持ちのユダヤ人もいたが、帰ってくるときは空っぽで戻っていった」

 

そして、収容所の絶滅作戦の実態。
そこでは、”いかにして、効率よく人間を処理するか”が考案され、実行してしく。
中でも、毎日毎日ガス室から出てくる屍体をいかに処分するかが問題となってくる。何せ、連日ユダヤ人は列車で届けられ、日々数千体もの屍体が発生する。処理が追いつかないのだ。人手も足りないから、本来処理する収容者側から労働力を徴用する。

収容所はオートメーション化された工場の様相を呈していく。
ナチスが本気で特定の民族を絶滅させようとしていたことがはっきりと判る。だが、余りにも狂気に満ちていたのも事実だろう。
キリがないのだ。
おそらく、ここまで狂った事態は人類の歴史上存在しなかったのではないか。

それでも、絶滅を唯一の目的とした”工場”として、ドイツ人ならではの効率性がここでは存分に発揮されていく。最悪の例として。

 

様々な視点から掘り起こされた生々しい証言。
聞いてるだけなのに、目を背けたくなる。

再現映像やイラストなど必要ではない。
事実を語ることこそが、リアルそのものなのだ。

 

収容所に送られた人々だけではなく、連行されていった土地に残った、ユダヤ人以外の人々にもインタビューを試みる。
そこで導き出される赤裸々な本音。

――隣人のユダヤ人は好きでしたか?
「彼らは小狡くて金を稼ぐことしか関心がなかったからね」

――正直、村にユダヤ人がいなくなって、よかったと思いますか?
「……」

 

おそらくは、こうした感情がドイツやポーランドの土地を覆っていたからこそ、ナチスの絶滅計画も押し進めることができたのではないか。
すべての罪をナチスに被せるのではなく、市井の声なき声もまた無関係ではなかった、ということも、この映画では暴き出そうとしているように思う。
沈黙は、免罪とはならないのだ。

 

確かに9時間半という尺は篦棒に長い。だがこれは必要な尺度であり、カメラの前で語る証言者たちにとっては、この時間ではまだまだ足りないはずなのだ。
人間がどこまで邪悪になれるのかを”たった”567分で語り尽くすことなどできない。しかも、これは装飾されたフィクションではなく、紛れも無く事実だったことなのだ。

『SHOAH』は、生涯に一度は観ておくべきドキュメンタリーだと感じた。

 

全編の上映が終了し、早稲田松竹を出ると、正面の早稲田通りを既に朝靄が覆っていた。

KIMG0868

ひとつの頂を登り切った感がある。

 

これで、次なる山にまた挑んでいくことになる。
それがシネフィルの宿命なのだ。

自分にはまだまだ”いつか登ってみたい”困難な山嶺=ベラボーな上映時間の長尺映画がいくつかある。

そのひとつ。
ウォーホル『エンパイア』。
おそらく聳え立つ最大級の未踏峰。何せ8時間もの上映時間中、延々と何も動かないエンパイア・ステート・ビルを映し出すだけというバケモノのような映画なのだ。
アンディ・ウォーホル Andy Warhol: Empire, 1964 アートポスターアンディ・ウォーホル Andy Warhol: Empire, 1964 アートポスター
さすがにこれのDVDはないようだ。

それと、本テーマとは少し外れるけれど、内田吐夢『宮本武蔵』全五部+番外編『真剣勝負』。
これは一挙上映してくれる機会はほとんど無いけれど、できれば実現して欲しいなあ。

いつか、この山を制服するのが、自分の夢なんだな。

 

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